組合沿革

組合の沿革

昭和18年に、現在の東京都弁当協同組合の前身である東京三食賄組合が、日本橋地区の仕出し弁当業を生業とする同業者を中心に産声をあげました。
昭和20年代に入り、日本の戦後経済の復興期に突入本格的な経済成長を迎えるが、戦後の混乱時代でもあり組織的な組合活動は行われず、日本橋地区の同業者間の親睦団体でした。昭和30年に入り、家庭電化製品が急速に普及し始め、冷蔵庫、洗濯機、テレビが三種の神器と呼ばれるようになり、弁当業界もようやく戦後の混乱時代を脱しできたが、反面、同業者の過当競争激化、自主衛生管理の考えの違い、人手不足等、新たな諸問題が発生してきた。日本橋の組合員が中心となり、価格統一に努めました。
このころ日本橋保健所の応援を得て会員増強に奔走し、昭和37年に機関紙弁当ニュース(現在の組合だより)が発刊、組合員名簿作成等組織の拡充に勤めるなど基盤を固めていきました。同年、東京都三食賄組合の名称を発展的に解消し、任意団体東京都弁当協同組合として運営して行くことになりました。
昭和40年代、高度成長を背景に弁当業界は厳しい競争環境におかれ、かつ価値観の多様化、組合員の世代交代により、組合の存在意義、組合の必要性が感じられなくなりました。任意組合としての対外的信用は今一つであり、事業組合の目的である組合員の為の事業を積極的に行うためにも法人格が必須の条件となりました。
東京都中小企業団体中央会に運営名面、東京都衛生局に衛生面のご指導を受け、昭和41年10月28日、組合員131名、出資金315万円にて東京都経済局に設立の許可を受け、
東京都弁当協同組合は設立いたしました。(東弁協二十年史より)

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